1-4 病気と創薬

糖鎖が関わる病気・遺伝的疾患

 感染性疾患は死亡、身体障害の第一の原因となっていて、世界中の何百万という人々が罹患していますが、実は、すべての細菌とウイルスの表面には糖鎖が存在することが認められています。また、ウイルスがヒトや動物に感染するためには、宿主細胞の表面に存在する標的レセプターへの結合が必要不可欠です。ヒトに糖鎖が存在しなかったらウイルスには感染しないといっても過言ではありません。
特定の病原ウイルスや病原菌とヒトや動物の宿主との複雑な相互作用を完全に理解することで、感染性疾患の予防や治療戦略をたてることができるといえます。([1]P.459参照)

 

a) インフルエンザウイルス
インフルエンザは毎年のように流行しているため、皆さんもよくご存知のことと思いますが、”H1N1型”、”H5N1型”なんていうのをニュースで耳にしたことはありませんか?このHは血球凝集素ヘマグルチニン、Nはノイラミニダーゼのことで、これらが存在することによって糖鎖を介した感染や増殖ができます。数字は発見され、分離された順番に付けられた番号ですが、ヘマグルチニンには16種類、ノイラミニダーゼには9種類の型があるので、単純に掛け算をしても144種類の可能性があり、どの組み合わせが流行しても不思議ではありません。
ウイルスは細胞のどこにでも結合できるわけではなく、インフルエンザの場合、宿主細胞表面にある特異構造をもつシアル酸の糖鎖をターゲットにします。そのシアル酸レセプターにウイルスが持つヘマグルチニンが結合することで細胞内へ侵入することができます。侵入したウイルスは細胞内で増殖後、細胞外へ出て行きます。
細胞外へ出て行く際にはウイルスが持つノイラミニダーゼが細胞膜のシアル酸を切断することで遊離し、更なる細胞のシアル酸レセプターを探し、増殖を繰り返すのです。

 

b) 単純ヘルペスウイルス

単純ヘルペスウィルスに感染すると発疹や水ぶくれなどの皮膚の感染症が起こる。

1型と2型があり、一般的に1型は口周りなどの上半身、2型は下肢などの下半身に症状が出るとされている。

単純ヘルペスは感染力が高く、1度感染すると体内の神経節に潜り込み一生住み着くので再発を繰り返す。

 

単純ヘルペスの表面には様々な糖タンパク質が存在し、その中の1つ(glycoprotein B)が、宿主の免疫細胞表面にあるタンパク質(PILR-αたんぱく質)と結合すると免疫細胞の攻撃を抑える働きをするとされていました。

PILR-αたんぱく質はglycoprotein Bの糖部分のみを認識しているとされていましたが、実際は糖部分とタンパク質部分の両方を同時に認識してることが判明しました。

また、PILR-αたんぱく質に結合する7アミノ酸からなる糖ペプチドを加えると、単純ヘルペスウィルスの感染を阻害することが判明しました。                                「北海道大学 大学院薬学研究院の前仲 勝実教授、大阪大学 免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所の荒瀬 尚 教授らの研究グループ」による発表。

 

 

c) ヒト免疫不全ウイルス(HIV/AIDSウイルス)

HIVとは人間を様々な細菌やカビ、ウィルスなどの病原体から体を守る免疫細胞であるTリンパ球やマクロファージなどに感染するウイルスことで、大きく分けて1型と2型があります。

HIVが免疫細胞に感染した結果、細胞の中でHIVが増殖していき、免疫細胞が徐々に減少することで普段感染しない病原菌にも感染するようになり様々な病気を発症します。この病気の状態をAIDS(エイズ)と呼びます。

 

米国ノースウェスタン大学とヴァンダービルト大学の研究者は、糖や他の栄養素をブロックするため、免疫細胞のパイプラインをブロックする化合物を開発したところ、ウイルスが糖が足りない状態では繁殖出来ない事が分かった。

 

 

 

 

lysosome

 

d) リソソーム病 [3]
糖鎖の代謝については、教科書的な知識では主にリソソームと呼ばれる細胞内小器官において行われていることはよく知られています。
糖鎖の分解に関わる酵素に変異がおこって正常な働きができなくなると、いわゆる ” リソソーム病 ” という病気を引き起こします。
リソソーム病とは、複合糖質がリソソーム内、あるいは尿中に大量に蓄積される病気です。
これらの病気は一般的に非常に治療が困難とされてきましたが、最近では酵素補充療法といった身体の外から酵素を補充する治療法をはじめ、一部の疾患では有効と考えられる治療法も開発されており、大きな期待を集めています。以下に、リソソームの例を表 2.2 として示しました。

画像;http://www.riken.jp/r-world/info/release/news/2010/nov/frol_01.html より       

表 2.2 複合糖質分解酵素自身の障害に関したリソソーム病の例 ( 糖鎖を知る [3] 参照 )

 左の列がそれぞれ疾患名、真ん中の列は障害酵素、右の列はその疾患で蓄積される主な物質が示されている。

table2.2

 

b) 糖鎖に関わる様々な病気との闘い[3]

糖鎖創薬

a) 糖鎖創薬
 糖鎖は、核酸、タンパク質に次ぐ第三の鎖と言われ、近年急速にその機能が解明されようとしています。
例えば、糖鎖は、タンパク質や脂質に結合し、細胞分化、老化、免疫応答といった生命現象や、癌、ウイルス感染、炎症などの疾患に深く関与していることなどが分かってきています。そして、分子レベルでの糖鎖機能の解明、さらには糖鎖を利用した創薬への応用が期待されています。
しかし、糖鎖は非常に多様性に富んだ構造を有する上に、生体内では微量成分であることから、純粋な構造の糖鎖の入手は、研究レベルにおいても困難を極めています。
1 個の細胞の表面にある糖鎖分子というのは非常に多種類あり、色々な役割を担った糖鎖分子が分業して存在しています。
1 個の種類の糖鎖分子は少ないものは 1 個の細胞の表面に 1000 個~ 1 万個しかないものもあります。
重要な役を担っているものほどその傾向が強いのですが、化学構造を研究しようとすると、大量に集めないと現在の測定器ではどのようなものなのか決定できないのです。
この場合は完全な化学の作業なので、モル比で計算することになりますが、
1 つ化学構造を決めるために数十キログラム~数トンぐらいの同じ細胞を集める必要があります。
もしこれを行えば、細胞の培養だけで数億円 ~ 数十億円の費用がかかります。また、集める量が多すぎて大きな工場を造っても間に合いません。
実際、糖鎖に関してはあまりにも基礎研究が足りていません。
糖鎖を使って副作用もなく簡単に治る癌特効薬ができるとも騒がれていますが、具体的にいつになるかと言うと未知の話です。

 

b) ノイラミニダーゼ阻害薬、